法事で帰省した。

祖母の十三回忌があって、13年ぶりに本家の人たちと会った。これまで本家とはあまり交流がなかった。

理由はよくわからない。

そういうもんだと思っていたし、比較となる親戚付き合いの例をよく知らないから、良いのか悪いのか判断できない。
とはいえ、なんとなく苦手意識はあって、本家に行く用事があってもできれば行きたくないなと思っていた。それはどういうわけか大人になったあたりからあって、気づけば13年も疎遠に。その前に法事はあったはずなのだが、行ったかどうかよく覚えていない。

 

亡き母は本家を嫌っていた。
田舎者として軽蔑しており、時折嫌がらせを受けているみたいなことを言っていた。けれど、嫌がらせというのは事実ではないと思う。そう文句をつけなければ心のバランスが取れなかったのだろう。


母は嫁いできた田舎の環境に馴染もうとせず、当然の結果として孤立した。

そして万事につけて不充足を抱え、いつも怒鳴り、いつも泣いていた。激しく泣くこともあれば、ヒステリックに喚き立てることもあった。

小学生くらいのときだろうか。友人が私の家に遊びに来たときに、何のきっかけか忘れたが、突然母が喚き散らしたことがあった。

そのとき友人は私に向かって「なおくん(私の名前)のお母さんって弁護士だったっけ?」と言った。その瞬間を鮮明にを覚えている。弁護士=喚くというイメージの違和感と、自分の母の嫌な一面を友人に見られてしまったというのが、心に傷のようなものを残したのかもしれない。
そうそう、小さい頃の私は、母をかばうくせがあった。母は料理のセンスが皆無で、汚い弁当しか作れなかったのだけれど、母が料理下手と思われるのが嫌で、私はいつも自分で作ったと言っていた。


母について書くつもりはなかったのだが、はからずも長々書いてしまった。母についてはいずれちゃんと書くのでここまで。

 

ともかく久しぶりに会った本家の人たちは皆気さくで、人懐っこくて、きめ細かい気遣いまでしてくれる、本当にいい人たちだった。
苦手に思って、表層的にしか付き合おうとしてこなかった自分を恥じた。ちゃんと交流しておけば良かったなと。


今度ピザ窯を作ると言っていた。お盆には皆でバーベキューをするらしい。俺が行くと言うと、本当に嬉しそうにして喜んでくれた。田舎の人が陰湿だなんて言ったの誰ですか。ぜんぜんいい人たちばかりじゃないですか。なんなんだ、俺、泣きそうです。

本家には長男の娘の三姉妹がいて、もう四十を超えている方々なのだけど、その三女と話した。三女は昔から美人だったように思うけれど、やっぱりきれいだった。
東京でいろんな町を転々と引っ越したりしてる話をしたら、本当に羨ましそうにしていた。23で結婚してずっと田舎を出ずにいたんだと思う。俺のことを昔と同じように名前で呼び捨て、俺の父を○○兄ちゃんと呼ぶ。その感じになんかきゅんとした。

お酒の勢いで、お盆のバーベキューに参加すると言ってしまったが、果たして本当に参加して良いのかな。ふと冷静になる。

有名な人が刺されて死んだ

ださいことを正直に吐ける場所が必要だなと思った。ここはそうやって運用したい。とにかく自己と向き合う。

嘘は書かない。面白いを狙わない。

 

俺はいますごく寂しくて、お酒を飲まなくてやっていけないような精神状態で、それがここ何年か続いている。


この状態をポジティブにとらえるならば、お酒の優しさに気付けたなあと思う。これは純粋に嬉しく思う。強がりではない。

中島らもさんとかフィリップ・マーロウとか、そういう孤独なかっこいい男(実在・非実在の人物をいっしょくたにしています)がなにゆえ酒を愛したか。その本質的なところに、ようやくタッチできたような気でいる。酒は孤独を慰撫してくれる。だから優しい。

慰撫じゃないな。

たぶんだけど、孤独な自己は自己を攻撃するのさ。夜になるとね。だから必然、酒を飲まざるをえなくなる。仕事をしているとき、酒を飲んでるとき、それ以外の時間帯は自己が自己を攻撃してくれる。それゆえに、孤独な人は酒を飲むのかしら。

 

今日、俺、誰かと会話したかな。自問するが、まあ仕事に関する話くらいはしているけれど、それ以外の話は一言も発していない、という結論に行き着く。

 

俺は誰か。

俺は何が好きか。

俺はどういうことに興味があって、どういうことに苦しんでいてどうしたいか。

誰も知らない。

誰も興味がない。

 

じゃあ逆に問うが、俺は誰かに興味を持ってあげたか? 答えはノーだ。俺は行動しない。責任を回避する卑劣なコメンテーターにすぎない。

コメンテーターという単語。なんか印象に残ってんなと思ったら、最近メルカリの記事で読んだんだ。批判ばかりして、行動を起こさない非生産的な人材を指してそう言っていた。そうはなりたくないなと思いつつも、俺はそうなっていて、そのことに気づいていないわけだ。

 

よし前に進もう。


今日悲しい記事を読んだ。ほんとは悲しくなかった。とある有名ブロガーが刺されて死んだ。


最初はざまあみろと思った。

 

俺はインフルエンサーを生理的に嫌っていて、気味悪さを感じていたから、ほら見たことかと思ったんだ。

目立とうとして、煽って、他人の感情を逆撫でて、そして刺されて死んだ。

 

因果応報だ。

 

でも、そうじゃなかった。彼は死ぬべき人ではなかった。取り返しの付かないことというのはとても悲しい。

救いがない。

以下、比類なき名文だと思う。

ezkay.com

書きながら、感情が変異、覚醒していく。

怒りから悲しみ、そして愛情というのかな、なんかそう言っちゃうと軽いけど、本当の思いに気づいていくのだ。

 

あ、この人のこと好きだったんだ、すごく。どうしよう、辛い。

 

取り返しのないことは悲しい。失って初めて人は気づく。俺も気づいた。あの人は死ぬべきではなかった。

小室氏の会見読んで、アレみたいだなと

 弱者がその弱さをことさらに強調して同情を乞うときまったく同情できない。
と言うと、ああそうだよねなるほど、なんて同調してくれる人もそこそこいてくれるような気がするが。

natalie.mu
 小室哲哉の不倫謝罪引退会見を見て何も感じなかったと言えば、人の血が通っていない、非国民、非人、鬼畜、畜生等々のそしりを受け、白眼視されるような気がしないでもない。
 いやそこまでは思わないけど、ツイッタ見たら擁護派が多いこと多いこと。で、対して、文春ボロッカスの言われようたるや逆に気持ちいいくらい。話ずれるけどツイッターってほんと感情ベースのメディアだよねって思った。見てるだけで人の感情、とりわけ怒り、憎しみ、嫉妬、承認欲求がもわもわしてる。うへえと思う。

 

 話を戻して、小室氏について。
 やっぱり小室氏に女々しい姑息さを見てしまう。同情できん。可哀想なボクちゃん演じてませんか。演じて気持ちよくなってませんかと。そんなうがった見方になってまう。
 なんか、そういう人ってたまにいるよねって思う。嫌いだったわ。常に自分が被害者だと思ってるさ。弱い被害者だからちょっと悪いことをしても良いと思っていて、そして責められると、じゃあ辞めます、死にます、死ねばいいんでしょと過剰な反応する。手首切ったりする。ほら可哀想でしょって。

 なんでそういう過剰なことをするのかというと、自分を可哀想なポジに置くことで他者からの興味を引こうとしてると。一説には、幼少期に親からちゃんとした愛情が注がれず、可哀想な立場にならないときしか興味を持ってもらえなかったことに由来するとか。いやしないとか。


 そんな精神分析はおいといて。

 今回の小室氏。めんどくさい女みたいやんけと思った。引退なんてする必要なかったのにね。ごめんなさい反省します。でも辛かったんです。でいいじゃん。なんで引退って結論になったのさ。同情してほしいの。なんなの。音楽作れよ。才能あんだから(えらそう)。

 

 ふと思ったんだが、私、というか俺。なんか一人称がなじまん。拙者、それがし、とにかくさ、弱者アピるやつ、ちょう嫌いなんだよね。生理的にさ。
 それはぱっと思いつくので2つ理由があって、1つめは、単純に弱いやつが好きじゃない。なんだろう、自分は弱いという自覚があって、それは肉体的にも精神的にも言えて、小さい頃は身体がミニマムだったから舐められまくったし、社会に出てからは優秀な人ら(いま思えば、ただネガティブチェックがしてただけやんけとも思うが)にボコボコにされてきたから、とにかく舐められぬよう刃を研ぎ続けてきたさ。だのになぜ、弱虫の小室氏には看護師さんが優しくしてくれるんじゃ! 俺、誰にも優しくされてないんだけどどうなってんだよ!
 そして、あともう1つ。上にもすでに書いたんだけど、弱者の姑息さを知ってるから。弱いやつはすぐに裏切る。平気で嘘をつく。話を盛る。偏見? そうかもね。仕事をしていてそう感じることが多いのさ。
 自分に力があり、それによって誰かを傷つけてしまうかもしれないと知っている人は優しい。自分の立場が弱いと思い込んでるやつはすぐに噛みついてくる。
 そういうやつに限ってプライドが高く、そして能力が低い。できれば関わりたくないが、社会ではそうもいかない。

 疲れるわ。

欲しいパソコンのスペックについて

 買う方向で考えていきたい。早ければ1月中。おそくても2月に買う。

 まず、現在使っているノートパソコンのスペックについて。
 購入したのは就職したとき。会社で使うから自腹で買ったのだ。会社で使うものなのに、なんて健気なのだろう。そういう時代だったというか、自分の意識も甘かった。と思い出したらムカついてきた。上司も先輩もよくないな。新卒にそんなことさせるなんて。
 ともかくいつだろう。就職したのか何年だったか覚えていない。自分はこういうのに意識が低いのであかん。履歴書とか書くのにお便利サイト参照のうえ、改めて書き出してみる。
 見たのはこのサイト(http://www.cpn.ne.jp/how/nendo.html)。こういうサイト作っておくと、いろんな人が見てくれるのでこづかい稼ぎにうってつけだと思う。

 

 ○1982年 生まれる
 ○1995年 中学入学

 

 中学入学した95年は、エヴァの年(10月)だ。エヴァは96年3月までやっていた。ちゃんと見はじめたのは「19話 男の戦い」から。捕食シーンを見て、とにかくすごいものを見てしまったと……いう衝撃を受けたのを覚えている。あと、ミサトが「ちょっと何入れてんのよ」とカジに言うシーン。たしか食事中かその前かだったと思う、姉と一緒に観てて気まずくなった。
 1月には阪神大震災。私の記憶だと、阪神大震災をもとにちょっと不謹慎なネタをラジオに投稿した記憶があるから(暇すぎて尻を振って遊んでいたらトランス状態に。それによって神と交信できるようになったが、私の尻の振りが神に小馬鹿にしているように取られ神激怒。そのタイミングで震災が起きたので、私のせいかもしれませんすみませんというシュールなネタ)、中学1〜2年だった印象があるのだけど小学生の頃だったか。

 

 ○1998年 高校入学
 ○1999年 事故にあう
 ○2001年 高校卒業
 ○2002年 大学入学(1浪)
 ○2007年 大学卒業(1留)、就職

 

 事故にあったのは99年だったか。
 ノストラダムスの予言がはずれ、世間がふーっと胸をなで下ろして安堵しているときに、私の元にはしっかり恐怖の大魔王が訪れ、生死をさまよわせて精神的・肉体的にいろんな障害を残した挙げ句、以降の人生がくるわせていったというのを考えると感慨深い。

 事故後数日は意識がなく、奇跡に意識が戻ったが一ヶ月は錯乱状態。幼児退行していたらしく泣く喚くしかできなかった。それからなんとか退院できたものの、半年ぐらいは幻覚・幻聴にさいなまれ、大学卒業するくらいまでの以降5年間は人としてのバランス感覚が消失していた。行動と感情と記憶が上手くリンクしないというか、挨拶みたいに昔は自然にできたことが自然とできなくなった。
 ふと、母親が「なおが身代わりになってくれた」とか言っていたのを思い出す。失礼な人だけど悪気はないから仕方がない。昔はそんな悪気のなさが嫌で仕方なかったが、いまでは許せます。なお、母は05年の1月に亡くなった。癌。再発にて。最期の言葉は「どうせ私が死ねばいいと思ってるんでしょ」だった。出ない声を無理やりだして必死に怒鳴っていた。モルヒネで頭がおかしくなっていた末期。私は咄嗟に「違うよ!」と怒鳴り返した。
 私は当時どう接していいかわからず、あまり会わないようにしていた。バカな息子だと思う。いろいろ余裕がなかったのだ、言い訳にはできないけれど。
 葬儀では酔って大騒ぎした。大笑いしていた。親戚にも唖然とした目で見られたと思う。当時私は狂っていた。傍目から見える以上にその内面はめちゃくちゃだった。普段は普通の人に見られようとして努力していたが、酔ったときなどにその異常性を見せることがあった。もし母にもう一度会えるのなら、ちゃんと感謝を伝えたいし優しく接してあげたいと思う。それは不可能なことなのだが。

 

 さて、思い出迷子になって長々と脱線したがいよいよ戻ろう。
 ノートパソコンをいつ買ったか。
 卒業して一ヶ月ふらふらして、たしか5月に就職した。そこでパソコンを買ったので07年だと思う。搭載されているCPUがIntelCore 2 Duoなので、当時のリリースしたばかりの最新型だったみたいだ。たしか15〜16万円くらい出したじゃないかと思う。当時はお金に対する意識が低く、極端に言うとどうせ死ぬんだしばーか精神が心根を侵していて世の中舐めくさっていたので、こういう高額な買い物にも躊躇がなかった。おかげで今も現役なのだが、さすがにもう限界。OSの更新もできなくなり、つい先日からアマゾンプライムも見れなくなった(ジーザス!)。バッテリーはぷくぷくに盛り上がってる。そういえばこのバッテリー、発火の恐れがあるというメールが届いていたっけ。
 価格.comのスペック検索を元に、自分に必須だと思う情報を簡単にまとめてみる。

 

 ・液晶サイズ:12インチ(B5サイズ)
 ・CPU:Core2 Duo
 ・メモリ:4G

 

 サイズは現状維持でOKだととして、CPUはちょっと上げたい。ドスパラのCPUの性性能比較ページがを参考にしてみる。

www.dospara.co.jp

 Core i3というのがちょうど良さそうだ。メモリは現状でOK。あとはワードとエクセル使えれば問題なし。そんなスペックで新しいのを探したいなと。

 メーカーはこだわらないが、色はかっこいい白。長く使うことを考えたら、10年先もしっかりしてそうなメーカーが良い。そう考えると老舗がよいのかな。DELLとか? 安易に中華系メーカーにしちゃうと危険かしら。希望金額は6万以下。だが、安ければ安いほうがいい。
 とりま今日、店頭を見てこます〜。

日記

箱根駅伝を見て思ったこと

 箱根駅伝を見た。気づくと東洋大学の応援をしていた。
 1区の1年生があどけない感じなのに勝負強くて、2区は顔色変えず速いなあという印象にすぎなかったのに区間3位の高成績であれ?と思った。で、3区を見ている頃にはもうとりこになっていた。4区はすごかったな。1年生の彼、大物になりそうな気がした。
 ともかくなんかこう、淡々としているのにしっかり結果を出している感じが好きなんだと思う。勝負にがっつりこだわっている感じじゃないのに、奇策とかしない正統派なのに、ただ強いという感じが。
 その点、青山学院大学は原監督の変わった人柄もあって卑怯な感じがしてしまう。わーわー言うでしょあの人。躁病者のように、もしくは芸術家のように。とにかく突拍子もないことをべらべらと。まあ、あくまで印象論なんだけど、青山はなんか「奇策」って感じがしてしまう。
 
 あと東洋応援していて、以前好きになった子がその大学出身だったということを思い出した。
 その子はペアーズで出会った子で、どういう経緯か失念したけど、いろいろうまく行って新宿で会うことになったのだ。
 彼女はやきとり屋さんとかおじさんが好きなそうな居酒屋が好きと言っていて、会って歩きながらずっとしゃべっていたように思う。営業職なのかな、とても仕事ができるように感じた。気さくで美人で、ぼくなんかには手の届かない格上の女性なのだなと思った。
 でも実際にお酒を飲んで話してみると印象が変わった。いや、お話し上手で気遣いのできる方で、イメージ通りだったんだけど、ある瞬間から少し暗さを帯びたような内省的な部分を吐露しだしたのだ。
 仏文学者の誰それとか、柴田元幸のエッセイとか、大停電の夜にとか、そんな文系大学生みたいな話をしたせいというのもあってか、とてもパーソナルなナイーブな話をになったんだ。それでぼくは、一気に彼女に引き込まれてしまった。
 結局、ぼくの無精のせいで(そして元カノを引きずっていたせいで)疎遠になってしまったのだけど、あのとき思い切っていたら何かが変わったはずだろうなと思う。いまでもたまに連絡しようとしてしまう瞬間が来たりする。いや、もうこのことは考えるのはやめよう。
 
 東洋ついでに、また別の話。
 年末に坊主がカウンターに立つバーに行ったとき、漏れ聞こえてきた会話で東洋大は哲学が強いと聞いた。大正、駒沢は仏教学校で、それぞれ宗派が違うらしい。
 カウンターに立っていた僧は俗っぽいホストみたいな名前を名乗った。その隣に尼僧がいた。カウンターには3人の男。尼僧は生きるのが苦手そうな女。カウンターの男たちは皆賢そうだったが、孤独そうで人生がつまらなそうだった。
 なんとなく、ここにいる人達はあまり好きになれそうにないと感じた。値段がかなり高く、2人で行って5000円近く取られた。1杯しか飲んでいないのに。
 
 

ノートパソコンが欲しい

 突き詰めて考えてみると本当に必要かどうかは微妙な気もする。だったら、机とかのほうが必要じゃないか。寒いし石油ストーブあったほうがいい。
 でもさ、所有欲? というやつかもしれない。そんなんが芽生えた気がする。姉のPCを触ってて自分なりに気持ちいい感じにカスタマイズしていく作業がたまらなく楽しくて。下記記事がとても参考になった。
4万くらいで良さげなもの買ってしまいたいなと考え中。ところで価格コムってこういう記事書くんだね。どっかモノ雑誌から編集さん引き抜いたのかしら。
 
 
 

徒労

 徒(いたずら)に労するという意味なのか。
 まあよくこの徒労感を覚える、最近とみに。善意であろうと他人の考えを変えようとするのはなかなか大変で、こちらに100の合理性があろうとも、感情で反論されることが多く、ただもう疲れる。
 
 

豆乳雑煮

www.kikkoman.co.jp

 作ったった。
 姉に振る舞い感謝される。もちは飽きるので料理研究がさらに進むことを急がれる。雑煮にもっとバリエーションを。てか実家、もち買いすぎやねん。

f:id:acid_A:20180103090548j:image
 
 

モテとは

 男が女性からモテるためにはサイコ野郎になる必要があるなと思った。
 女とは超自分本位で「自分=かわいい=最優先されるべき」的なメンタリティーを生来持っているもので、たぶんそれは生物学的に正しいと思うのですが、極限すると非合理的な気のふれた存在であって、それをコントロールするなり/されるなりするには、男子たるもの合理的判断をしていてはいけない、という結論に至った。
 かるがゆえに、サイコになる覚悟がないのであれば一人の女性だけに関わり、全面降伏して尻に敷かれるが吉である。

『メイドインアビス』は、ナウシカmeets萌えアニメ

※タイトルはちょっと煽り入ってます。普通の感想なのであしからず。ネタバレはありません。

 

メイドインアビス』を観た。アニメで。
観た理由は、アマゾンプライムで見られたから。それと、知り合いがツイッターで面白いとつぶやいていたから。その人が、グロいと言っていたのも気になってた。元よりキャラ絵がかわいいのは知っていたので、グロいというのは意外だなーと感じて。

で、実際見てみたわけだけど、思い出しただけで、ぎゃーと声を上げたくなるほど面白かった。アマゾンプライムのレビューもほとんど星5つの評価ばかり。でもそう評価したくなる気持ち、すごくわかります。
話は良いし、キャラは素敵だし、なにより何あの世界観! 狂っていて美しい。すごく大胆なたとえをすると「ナウシカ meets 萌えアニメ」という感じ。アビスの歪んだ美しさは腐海を連想させるし、異常な発達した独自生物は腐海に棲まう蟲たちを思い起こさせるなあと。
そして、例の第(ホニャ ※ネタバレ防止のため)話。すごすぎる。動画、思わず停止しちゃったもの。しばらく再生できなかったし。マドマギのマミさん的な、エヴァの使徒捕食シーン的な衝撃が。


とはいえ、この作品は別の意味でも物議を醸しそうだなとも。
気になったのは、ロリコン的なエロさがかなりある点。そして、とある登場人物を殺してしまう点。

前者については、まあ、子供を性的存在に描いてしまうのはいろいろ危険なわけで、それもちょっと度を越してるかなと思った。人によっては不快感を覚えてもおかしくなさそう。原作編集サイドはブレーキかけなかったのかな。竹書房さんだし、うーんまいっか(これは褒めてます)。

でも、この部分で逃してしまう層がかなりいそう。ロリコンに対する世間一般の拒絶というのはずいぶんと強烈なものがあるので、この部分があるために作品が一深夜アニメの枠を越えて評価を獲得する障壁になるかも。


続いて後者のほう。物語の中でとある登場人物を殺すことになるのだけど、これは見ようによっては、人間性を失った存在を殺すことを結果として支持してるようにも取られそう。
もっとわかりやすく言うと、障害者、被介護者、脳死者、植物人間、そういった存在の否定が自然と感じられた。もちろん積極的に支持しているようには描かれていないし、殺すには殺すなりの理由が説明されるんだけど、上記の存在に関わっている方がこのアニメを見てどう感じるだろう。いい気持ちはしないだろうなあと思いました。

原作がwebで読めたので、ちら読みしたのですが、まあずいぶんエロティックな感じなんだね。なんだろ、直接的な表現をするなら、抜きどころが意識されて描かれてるんじゃないかとさえ感じた。


上では、ロリ部分は排除したほうが良いかな的な意見をさりげなく匂わせてみたけれど、じつはこの作品の根幹の部分なのかもと思い直しました。
グロ、エロ、ロリ。その3要素がかなり重要なのかもね。なんか同人誌っぽい感じ。もしかしたら、同人誌的な文化にかなり造詣の深い方なのかも、原作のつくしあきひとさんは。


ともかく、こういう作品が世に出て評価されるのはほんと良いことだなあ、と思う。こういう作品というのは、なんかこう、心にわだかまりを残すようなもやつく感じ。出自不明な感じ。
シーズン2もあるようなので楽しみにしてます。

支えられたい願望

感情が動く。ぶれる。とある出来事がトリガーとなって、毎日そつなくこなしていたことさえ手につかなくなる。そういう瞬間がたまにある。


自分より若い人が活躍しているのを見ると怖くなる。
三十も半ばとなりもう慣れたと思ったのだが、フェンシングの太田雄貴さんの結婚報道を見て心がざわついた。若くて有能な人が突き抜けた活躍するのを見るが怖い。婚約相手の笹川友里アナは、彼を支えたいらしい。結婚を決めた理由を問われてそう答えていた。

支えたい。

そう言う女の子は多い。支えたい、そう思わせることが男がモテる秘訣なのかもしれない。

たとえイケメンであっても、たとえ金持ちであっても、支えたいと思わせる何がしか、を持ち合わせていなければモテないのではないか。

そんなこともないか。女の人にもいろんなタイプもいるし。

とはいえ、「支えたい」なんてけなげなこと言ってくれる優しい子に好かれたいなと思う。憧れる。そんな子に好かれたことあるかな。
と考えてみたら、あるか、あると言えばあるのか。あった気がする。

そのとき俺は26歳で、相手は10上だった。

銀座でホステスをしていたこともあって美人だったらしい。らしいと言うのは、俺から言わせたら、うーん、なんかピンと来てなかったから。ひどい話だが。
その人は、俺にいろいろ尽くしてくれた。

俺の健康のことを考え、無農薬とか有機野菜とかそんな素材で、ヘルシーで手の込んだ料理を作り、そして夜マッサージとかしてくれた。いい匂いのするオイルをつけて。
それで俺は、その人が好きでそうしてくれているものだと思っており、いっちょ前に人間の深層心理を見抜いているぞとでも思っていて、やらせてあげてるのだ、とかさえ考えていた。

アホである。

何か折、お会いする機会があれば、その旨全力で謝りたい。何かちょっと高い物でもプレゼントしたい。お金で解決したい。いや金があるわけじゃないんだけど、そうでもしないと申し訳なさすぎて。

ともかく話は戻るんだけど、俺は誰かに支えてもらえるほどのことしていないなと思う。
フェンシングの太田さんはすごい。逆境から結果を出した。まず選手として結果を出した。お金がないなか、自らで企業回りとかしたとか聞いた。その後、不人気なフェンシングを盛り上げるべく粉骨砕身働いた。後進を育てた。そして選手として引退した。あのとき彼は泣いていたように記憶している。それを見て、俺もうるっと来たような気がする。

俺は、何も頑張っていない。
まあ別に、太田さんと自分を比べて落ち込んでるわけじゃない。ふと、そういう感情が通り過ぎたのさ。無視することもできたけど、なんかざわついてそうできなかった。
笹川アナみたいな可愛い女性が支えてくれるなんていいなあ→支えられることしてるもんなー→俺してないわー→寝るわー。みたいな、そんな感じ。