なおログ

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『メイドインアビス』は、ナウシカmeets萌えアニメ

※タイトルはちょっと煽り入ってます。普通の感想なのであしからず。ネタバレはありません。

 

メイドインアビス』を観た。アニメで。
観た理由は、アマゾンプライムで見られたから。それと、知り合いがツイッターで面白いとつぶやいていたから。その人が、グロいと言っていたのも気になってた。元よりキャラ絵がかわいいのは知っていたので、グロいというのは意外だなーと感じて。

で、実際見てみたわけだけど、思い出しただけで、ぎゃーと声を上げたくなるほど面白かった。アマゾンプライムのレビューもほとんど星5つの評価ばかり。でもそう評価したくなる気持ち、すごくわかります。
話は良いし、キャラは素敵だし、なにより何あの世界観! 狂っていて美しい。すごく大胆なたとえをすると「ナウシカ meets 萌えアニメ」という感じ。アビスの歪んだ美しさは腐海を連想させるし、異常な発達した独自生物は腐海に棲まう蟲たちを思い起こさせるなあと。
そして、例の第(ホニャ ※ネタバレ防止のため)話。すごすぎる。動画、思わず停止しちゃったもの。しばらく再生できなかったし。マドマギのマミさん的な、エヴァの使徒捕食シーン的な衝撃が。


とはいえ、この作品は別の意味でも物議を醸しそうだなとも。
気になったのは、ロリコン的なエロさがかなりある点。そして、とある登場人物を殺してしまう点。

前者については、まあ、子供を性的存在に描いてしまうのはいろいろ危険なわけで、それもちょっと度を越してるかなと思った。人によっては不快感を覚えてもおかしくなさそう。原作編集サイドはブレーキかけなかったのかな。竹書房さんだし、うーんまいっか(これは褒めてます)。

でも、この部分で逃してしまう層がかなりいそう。ロリコンに対する世間一般の拒絶というのはずいぶんと強烈なものがあるので、この部分があるために作品が一深夜アニメの枠を越えて評価を獲得する障壁になるかも。


続いて後者のほう。物語の中でとある登場人物を殺すことになるのだけど、これは見ようによっては、人間性を失った存在を殺すことを結果として支持してるようにも取られそう。
もっとわかりやすく言うと、障害者、被介護者、脳死者、植物人間、そういった存在の否定が自然と感じられた。もちろん積極的に支持しているようには描かれていないし、殺すには殺すなりの理由が説明されるんだけど、上記の存在に関わっている方がこのアニメを見てどう感じるだろう。いい気持ちはしないだろうなあと思いました。

原作がwebで読めたので、ちら読みしたのですが、まあずいぶんエロティックな感じなんだね。なんだろ、直接的な表現をするなら、抜きどころが意識されて描かれてるんじゃないかとさえ感じた。


上では、ロリ部分は排除したほうが良いかな的な意見をさりげなく匂わせてみたけれど、じつはこの作品の根幹の部分なのかもと思い直しました。
グロ、エロ、ロリ。その3要素がかなり重要なのかもね。なんか同人誌っぽい感じ。もしかしたら、同人誌的な文化にかなり造詣の深い方なのかも、原作のつくしあきひとさんは。


ともかく、こういう作品が世に出て評価されるのはほんと良いことだなあ、と思う。こういう作品というのは、なんかこう、心にわだかまりを残すようなもやつく感じ。出自不明な感じ。
シーズン2もあるようなので楽しみにしてます。

支えられたい願望

感情が動く。ぶれる。とある出来事がトリガーとなって、毎日そつなくこなしていたことさえ手につかなくなる。そういう瞬間がたまにある。


自分より若い人が活躍しているのを見ると怖くなる。
三十も半ばとなりもう慣れたと思ったのだが、フェンシングの太田雄貴さんの結婚報道を見て心がざわついた。若くて有能な人が突き抜けた活躍するのを見るが怖い。婚約相手の笹川友里アナは、彼を支えたいらしい。結婚を決めた理由を問われてそう答えていた。

支えたい。

そう言う女の子は多い。支えたい、そう思わせることが男がモテる秘訣なのかもしれない。

たとえイケメンであっても、たとえ金持ちであっても、支えたいと思わせる何がしか、を持ち合わせていなければモテないのではないか。

そんなこともないか。女の人にもいろんなタイプもいるし。

とはいえ、「支えたい」なんてけなげなこと言ってくれる優しい子に好かれたいなと思う。憧れる。そんな子に好かれたことあるかな。
と考えてみたら、あるか、あると言えばあるのか。あった気がする。

そのとき俺は26歳で、相手は10上だった。

銀座でホステスをしていたこともあって美人だったらしい。らしいと言うのは、俺から言わせたら、うーん、なんかピンと来てなかったから。ひどい話だが。
その人は、俺にいろいろ尽くしてくれた。

俺の健康のことを考え、無農薬とか有機野菜とかそんな素材で、ヘルシーで手の込んだ料理を作り、そして夜マッサージとかしてくれた。いい匂いのするオイルをつけて。
それで俺は、その人が好きでそうしてくれているものだと思っており、いっちょ前に人間の深層心理を見抜いているぞとでも思っていて、やらせてあげてるのだ、とかさえ考えていた。

アホである。

何か折、お会いする機会があれば、その旨全力で謝りたい。何かちょっと高い物でもプレゼントしたい。お金で解決したい。いや金があるわけじゃないんだけど、そうでもしないと申し訳なさすぎて。

ともかく話は戻るんだけど、俺は誰かに支えてもらえるほどのことしていないなと思う。
フェンシングの太田さんはすごい。逆境から結果を出した。まず選手として結果を出した。お金がないなか、自らで企業回りとかしたとか聞いた。その後、不人気なフェンシングを盛り上げるべく粉骨砕身働いた。後進を育てた。そして選手として引退した。あのとき彼は泣いていたように記憶している。それを見て、俺もうるっと来たような気がする。

俺は、何も頑張っていない。
まあ別に、太田さんと自分を比べて落ち込んでるわけじゃない。ふと、そういう感情が通り過ぎたのさ。無視することもできたけど、なんかざわついてそうできなかった。
笹川アナみたいな可愛い女性が支えてくれるなんていいなあ→支えられることしてるもんなー→俺してないわー→寝るわー。みたいな、そんな感じ。

『ラ・ラ・ランド』観た

元カノと観に行った。音楽が素敵だった。ダンスが良かった。エマ・ストーンが可愛かった。表情とか動きとかとにかく可愛い。好きなもの(監督にとってジャズ、ダンス、ミュージカルとか)を本気で扱ってる感じがいいなと思った。情熱を感じた。どうだい、かっこいいだろ? ってプレゼンされてる感じ。

あと色彩がキレイだった。日没、星空、空の青、そして黄色いドレス。澄んだ青に赤が混じって紫になる空。最近の私のブームというのもあるが、どうも青系の色合いに引き寄せられまくる。

終始ハッピーな映画だったと思う。あの結末はどうなん? って意見はあろうが、それを含めてもハッピーだった。そうそう、ハッピーなんだよ。なんかハッピーハッピー言ってるけど、まあハッピーでいいと思う。

恋ってハッピーだし、音楽ってハッピー。恋人と過ごす時間ってハッピーだし、ケンカするのだってハッピー。才能が評価されるのも、妥協を強いられるのも、大きく挫折するのも、それを糧に奮闘するのも、運の神様に助けられるのも、見放されるのも、そして愛する二人が決裂していくのも。そんな不幸さえ、なぜかハッピーな感じがした。

で、ふと考えた。

きっとこの監督は、一生懸命生きることを肯定的に描こうとしてるんだろうなあと。
生きているといろいろ上手くいかないことはあって、だからまあ、責められないさ。結局、どんな結果になろうと肯定することしかできない。それゆえハッピーさがあふれていたのかなあと。

映画の二人は、別々の道を歩むことになった。

映画終了後、その結末に納得がいっていないのであろう愚痴が聞こえた。切ない、報われない、アレはない、などなど。元カノにいたっては腹を立てていた。そう思う気持ちもわかる。わからんでもない。
でもさ。最後に、エマ・ストーンの見せた笑顔。あれで許してくれまいかと思う。なんか、全部報われた気になるんだよね。主人公のジャズマンの生き方を肯定してくれてる感じがして。

人間誰しも、誰かに認められたいと思ってる。その認められたい誰かというのは、潜在的には母親的な存在で、母親から無償の愛を受けてない子は歪んだりするらしい。ともかくさ、褒めてほしいわけさ。人がなんかいろいろ変なことしだすのは。

男というのはアッホい生き物なので、ちょっとすごいことをしたら褒めてもらいたくて、すごいじゃんとか、偉いとか言われたくて、むしろそれだけでいいのさ。とりわけ好きな女の子から認められたら、あとはなんにもいらない。

そんなわけで、ちょっと強引なんだけど、最後のアレでよかったやんけと思わされた。そんな気がして、観終わってすぐはしんみりしてしまった。まあ、でも本当は、二人で幸せになってほしかったけどね。結婚しても上手くいかなかったような気もしたけどさ。

ちなみに元カノは、結婚せーへんのかいという展開、別離の経緯をすっ飛ばした演出、この2点を非難していた。で、同じ良くない例として『シガテラ』を挙げた。

で、後日、古谷実ファンながら未読だったので、『シガテラ』を読んでみた。感想としては、概ね世間的な評判と一緒だと思う。元カノの意見にも同意しまくり。まあ面白かったけどあの終わり方はないよねって感じ。

しいて推論を展開するなら、『シガテラ』は、男が求める完璧な女性像として南雲さんという存在を描きたかったのだろうなあと。

荻野くんは隙だらけで、ださいとこ弱いとこを全部見せて、それで好いてもらおうなんて傲慢以外の何物でもないのだけれど、それでも南雲さんは受け入れてくれる、それどころかますます好いてくれる。まるで母のように無償の愛をくれる。いじめられていても、バカでも、エロいこと考えてても、いつだって味方でいてくれる。現実的にそんな人はいない、こともない。

ここで一つ問いたい。

恋とは何か?
私が知ってる答えは、そう、あれは魔法だ。魔法がかかっているうちはなんでもよく見える。荻野なんてクソへっぽこボーイでもイケメンに見えたりする。そういうもんだ。私が敬愛してる水野敬也も言ってた。水野氏(スピードスケートの清水選手系の顔)は、付き合ってた女性にトム・クルーズに似てると言われたらしい。
ともかく、それはいつまでも続かない。魔法は切れる。一説によると一年半とか。長くて七年とか。南雲さんがすべてを受け入れてくれるマザーとしていられたのも数年。物語の中では6年かな。
だから愛する二人は実利で結びかないといけない。そうでないと二人は長続きしない。お金、子供、そういうかすがいが必要になる。
そう思うとこわい。恋って危うい。

『ラ・ラ・ランド』と『シガテラ』は似ている。元カノの意見のように、別離の真相を明らかにしてない点でどっちも卑怯だ。『シガテラ』に至っては、なんの予兆さえ見せてくれなかったから、ただただ煮え切らん。そして両作とも、おそらく主題として恋の危うさを描いてる。でもその危うさを肯定してる。恋するのって素敵でしょって。
だから、別れの理由なんて些細なことだから触れなくもいいのかな、とも思う。

だって、どうせ下らないことなのさ。きっかけはどうであれ、魔法が解けたってことなんだから。

でも、これは男性的な見方だろうな。

明日死ぬとしたら何をすべきかを考えてみる

明日死ぬとしたら何をすべきかを考えてみる。

というのは、俺が明日死ぬから。
ではない。
知人が死んで、死について考えたから。でもない。まあ、知人は死んだんだけど。それで今日、灰になったはずなんだけど、そのことについてはあまり言えることはないなあって思ってる。またいずれ書くか。書くかも。

時間って大事なのに無為に過ごしてまうやんかと思ったので、死を考えてみた。よくあるけど、それだけ。

会社のFさんともっとお話したいなと思う。
Fさんというのはコットンのような女の子で、なにかこう、ふわふわしててかわいい。
アルパカとか羊とかそっち系? というと森ガールでしょ? と思われるかもしれないが、あー違う違う。
森ガールって、あくまでも私の偏見だが、ふわっとした外面に対して、その内面に毒を持っていて、腹黒く、自己顕示欲が強く、性欲も強く、ゆえにエロく、しかし平気で人を裏切り、同性の友達は少なく、たとえば女優の蒼井優さんとかそういうイメージだったりするんだが、あくまでも私の偏見なので、森ガール全般がそういうわけではないのであしからず。というかすでに森ガールって死語かな? あと蒼井優さんすみません。

話を戻して、Fさんはそういう子じゃない。
いつもアグ? というブランドだっけかな、そんな感じのあったかそうな靴を履いてて、しゃべり方がゆったりしてて、あと声がちょっと変で、笑い方も変。「ぐふふ」と笑う。それもかわいい。
よく営業のおばさんたちといつもきゃっきゃっ下らないことを話してて、仕事が終わらないことを愚痴ってる。とにかくかわいい。愚痴までかわいいとか天使かしら。かわいいかわいいしか言ってないけども、とにかくかわいい。
なお、私はFさんとこの2年でほぼ会話を交わしたことがない。その子は毎朝資料を配ってくれるので、その際に礼を言うだけ。消え入りそうな小声で「ありがとう」と言うだけなので、きっと聞こえてない。それもキョドりながら言うので最悪キモがられている可能性あり。おい、人見知りにもほどがあるぞわしゃ。自分に怒りたい。ぶちたい。
彼氏いるのだろうか、いや、いるだろうなあ。あんなかわいい子、いなきゃおかしい。

あとは死ぬ前にしたいことは、何か小説のようなものを書いておくべきだったかと思うかな。
あとは、元カノとやり直そうとするか。
いやあの元カノはあまり人を大事にしないからな。近くにいると損するだけかもと思う。とはいえ、気は合うし、一緒にいれば楽しいし、将来的にはこの人かもしれないと思うものの。
この件に関しては、考えだすとちょっとアレなので、とりま保留で。
なんか思いつくことがとてもこじんまりしていて情けないな。こりゃこいつは出世しないぞと思う。

もっかい整理しとこう。
死ぬ前にやりたいこと。
うーん。こういうのって、フレームを使って考えるとまとまりやすいんだよね。マッキンゼーかなんかの本で読んだで。そういうテク。
なので、3つに絞る。
と、思ったら、本気でめんどうになってきた。真面目に考えるのってキョーフー。こわーい。逃げたーい、アウェイ・フロム・リアリティー。

いや、待て。頭をクールダウンだ。
いつもの仕事モードの俺を2分だけ降臨させて、本気で考えよう。

うーん、やっぱ無理!
とりま彼女ほしー、仕事で成功したいー、小説書きたい、絵も描きたい、かっこいいスーツ着たい、アジア旅行したーい、新しいスマホ欲しい、グッとくる本読みたい、お酒飲みたい!

トラブルに巻き込まれた

気づけば、それなりに歳を取っていて、ある程度世の中の仕組みみたいなものが見えるようになった。

最低限の常識はあるし、社会生活を送るうえで知っておくべき法律もなんとなくわかる。たとえば、保険は若いうちに入ったほうがお得だし、収入を低く申告するためのサラリーマンの節税テクニックも知ってる。
女性は結婚してからと子供を産んでからの二度豹変することもわかってるし、看護師とか保母さんとか尽くす系の職業の女性は尽くされたがってることを知ってる。そして、彼女たちは世間の評判ほどエロいわけではないことも知ってる。
あと、都会のキャバ嬢がけっこうな比率で、ネットワークビジネスの餌食になってることも最近知った。

自分は不器用だと思っていたけれど、不器用なりに知識をたくわえて、なんとか社会の荒波を乗りこなせるようになってたらしい。
仕事でプレッシャーをかけられ、理不尽に振り回され、自分より頭の回転が早い人しかいない厳しい環境で必死に生き残ろうと足掻いていたからかもしれない。
なんとなくそう感じたのは、最近ちょっとしたトラブルに巻き込まれ、そこでクレバーに振る舞えたから。それも自然と。昔だったら人の良さに付け込まれ、ただ慌てることしかできなかったと思う。

そのトラブルは、私が強気で押し通そうとしてしまったがゆえに、結果として先方を怖気づかせ破談となったのだけれど、もともと発注元が横暴かつわがままなくせに金は渋り、そのくせ別のところで無駄金を垂れ流すという地雷案件だったので、これが最良だったようにも思う。
ともかく、この一件を通して、すごく頼られるという経験をした。関係者が怯え、振り回されているなか、タフかつ冷静にギャランティ交渉、スケジュール調整といった面倒事を引き受けたから。人からここまで頼られるというのが久し振りで、ちょっと気持ちが良かった。
もしかしたら、こういうのが好きなのかもな、とも思った。こんがらがった糸を一本一本ほぐしていくような。もしくは爆発物を処理するような、そんな仕事が。

いや、めんどくさいな、やっぱり。金になればなんでもいいや。

インターステラーの感想

インターステラー。和訳すると星間移動だったかな。ちゃんと調べてないから違うかも。そのロマンチックな言葉の響きとはうらはらに、怖くて、残酷で、苦しくて、宇宙を題材にしているということもあるけど、息がつまる映画だった。

具体的な感想の前に少し脱線。

私には、好きなフィクションの設定がいくつかあって、たとえばそれは下記。

(1)「もののけ姫」のえぼしのような、決断を恐れない人物が出てくる。そして、サンデル教授の問う答えのない正義の命題のようなものに淡々と立ち向かう。残酷な結末をいとわずに。
(2)同じく「もののけ姫」のじこぼうのような、頭の回る小悪党が出てくる。ちなみに宮崎駿は、この(1)と(2)の人物を描くのが非常に巧みだと思う。
(3)少女と不器用な中年の交流が描かれる。
(4)悪夢が描かれる。

他にもあるけれど、ひとまずこれくらい。
どれも私自身の人生のステップだったり、壁だったりしたものに関連していて、めんどくさい人間なりの偏りがよく現れた趣向だと思う。

たとえば(3)なんてその典型で、孤独な男は無垢な少女に心を開く傾向があるのさ。
もっと気持ち悪い言い方をすると、その少女に母性を見出す。もっと言えば母の代わりに甘えたいと願う。
それでも自分と知識レベルが合わない女なんて嫌悪しているから、やたら精神年齢の高いいびつな少女を夢想する。映画「レオン」におけるマチルダとか、ラノベ化物語」における八九寺とか、類例を挙げればいくらでもあるんじゃないかしら。浅学ゆえにぱっと出ないけど。
本来は本来は恋人に向かうべき母性を求める本性、そして本来は娘に向かうべき自身の父性、行き場をなくした二つの本能が(3)のような光景に刺激されて胸がきゅんきゅんして我ながら気持ち悪い。でも、それに涙さえしてしまう。

で、「インターステラー」って何がよかったのかという問いに、自分なりの答えを言うなら、二つある。
一つはこの(3)が描かれていたこと。父と娘ではあったのだけれど、賢そうな娘が父に向ける眼差しに、私の乾いた上記の本能が慰撫されたように思う。
そしてもう一つのほう。それは悪夢が描かれ、リアルだったこと。
五次元空間に取り残されたシーン。息苦しくて、体が不自由で、出口がない。叫べども声は届かない。絶望的なあの空間。それが不思議と心地よかった。

私は高校時代、死にそうになったことがある。一月ほど生死の狭間をさまよった。そのとき、私は繰り返し夢を見ていた。なお、その後も意識は混濁し、半年くらいはろくに口も聞けなかった。
当日見ていた夢がまさにあんな感じだった。五次元空間のようだった。
苦痛でしかなかったが、今こうして生還して、十数年を経てみると、あのときの悪夢的空間に郷愁を感じてしまう。

■メモ
・長財布を使うようになったが、中に入れておくと札がピンとなるので良い。
・オデッセイを観たのだよ。こっちもよかったよ。SF萌え属性持ってないので、そこまでピンと来たというわけではなかったけれど。

夢を見た

お酒を飲んだ。フルボディのワインが500円少しで買えたのが嬉しかったから。すごくないですか? フジスーパーで買いました。

で、酔ったせいか眠りが浅く、朝の4時に目覚める。せっかくだから仕事でもしようかなと思い机に向かい、そのまま没頭。
なんかやけにはかどるぜ、これじゃあ明日会社行かなくてもよいくらい。半休でも取ってしまうか。と、思っていたら、机には向かっておらず布団にくるまったままだった。そのまま寝る。
二度寝をするとよく夢を見るのだが、今回も夢を見た。

◆ ◇ ◆

バスに乗っている。子供を抱いていた。小学2年生くらいの女の子で、たぶんバスで出会ったのだと思う。
膝に乗せていたような気もするし、隣に座っていただけのような気もする。体の温もりを感じていたので、前者だと思うのだが、そうなると、どういう体勢だったのか判然としない。
彼女はずっと私に話しかけていた。私が赤べこみたいにふんふんうなずくので、楽しいのだと思う。なんとなく好意をいだかれているのは感じていた。

ふと車窓から景色に目をやると、山間の風景が続いていた。どこか郷里に似た雰囲気があるのは、これが夢だからだろう。
突然、彼女が「見て!」と叫んで、山の頂上あたりにある建物を指さす。そして、そこでは、何かの展覧会が開催されていること、その展覧会は「まあまあいい感じ」なことを話した。小さいのに「まあまあいい感じ」という表現をするなんて大人びた子だなあと思った。なお、ほかの乗客たちも彼女の指さす建物を見て、彼女の話を聞いていた。

女の子が座席から下り、パタパタと歩き出す。そして前の席にいた母親のもとに行った。なにやらおねだりしているらしい雰囲気がうかがえた。キャラメルをおじいさんに買ってあげたいからお金がほしい。そんな会話をしていると思ったら、突然、母親は彼女を怒り出した。「どうしてそんな嘘つくの」。
怒りの声はやがてヒステリックな雰囲気を帯びていく。バスは静かさに包まれ、母親の甲高い声だけが響く。
その後は、覚醒と眠りが渾然として曖昧になる。なんとなく、女の子が展覧会にまた行きたくなって母親からお金をせびろうとしたのだなと思ったが、なぜそう思ったのかよくわからない。
そうして目が覚めた。

という夢を見た。気になったので、夢診断で調べてみたが、よく分からなかった。