小室氏の会見読んで、アレみたいだなと

 弱者がその弱さをことさらに強調して同情を乞うときまったく同情できない。
と言うと、ああそうだよねなるほど、なんて同調してくれる人もそこそこいてくれるような気がするが。

natalie.mu
 小室哲哉の不倫謝罪引退会見を見て何も感じなかったと言えば、人の血が通っていない、非国民、非人、鬼畜、畜生等々のそしりを受け、白眼視されるような気がしないでもない。
 いやそこまでは思わないけど、ツイッタ見たら擁護派が多いこと多いこと。で、対して、文春ボロッカスの言われようたるや逆に気持ちいいくらい。話ずれるけどツイッターってほんと感情ベースのメディアだよねって思った。見てるだけで人の感情、とりわけ怒り、憎しみ、嫉妬、承認欲求がもわもわしてる。うへえと思う。

 

 話を戻して、小室氏について。
 やっぱり小室氏に女々しい姑息さを見てしまう。同情できん。可哀想なボクちゃん演じてませんか。演じて気持ちよくなってませんかと。そんなうがった見方になってまう。
 なんか、そういう人ってたまにいるよねって思う。嫌いだったわ。常に自分が被害者だと思ってるさ。弱い被害者だからちょっと悪いことをしても良いと思っていて、そして責められると、じゃあ辞めます、死にます、死ねばいいんでしょと過剰な反応する。手首切ったりする。ほら可哀想でしょって。

 なんでそういう過剰なことをするのかというと、自分を可哀想なポジに置くことで他者からの興味を引こうとしてると。一説には、幼少期に親からちゃんとした愛情が注がれず、可哀想な立場にならないときしか興味を持ってもらえなかったことに由来するとか。いやしないとか。


 そんな精神分析はおいといて。

 今回の小室氏。めんどくさい女みたいやんけと思った。引退なんてする必要なかったのにね。ごめんなさい反省します。でも辛かったんです。でいいじゃん。なんで引退って結論になったのさ。同情してほしいの。なんなの。音楽作れよ。才能あんだから(えらそう)。

 

 ふと思ったんだが、私、というか俺。なんか一人称がなじまん。拙者、それがし、とにかくさ、弱者アピるやつ、ちょう嫌いなんだよね。生理的にさ。
 それはぱっと思いつくので2つ理由があって、1つめは、単純に弱いやつが好きじゃない。なんだろう、自分は弱いという自覚があって、それは肉体的にも精神的にも言えて、小さい頃は身体がミニマムだったから舐められまくったし、社会に出てからは優秀な人ら(いま思えば、ただネガティブチェックがしてただけやんけとも思うが)にボコボコにされてきたから、とにかく舐められぬよう刃を研ぎ続けてきたさ。だのになぜ、弱虫の小室氏には看護師さんが優しくしてくれるんじゃ! 俺、誰にも優しくされてないんだけどどうなってんだよ!
 そして、あともう1つ。上にもすでに書いたんだけど、弱者の姑息さを知ってるから。弱いやつはすぐに裏切る。平気で嘘をつく。話を盛る。偏見? そうかもね。仕事をしていてそう感じることが多いのさ。
 自分に力があり、それによって誰かを傷つけてしまうかもしれないと知っている人は優しい。自分の立場が弱いと思い込んでるやつはすぐに噛みついてくる。
 そういうやつに限ってプライドが高く、そして能力が低い。できれば関わりたくないが、社会ではそうもいかない。

 疲れるわ。

欲しいパソコンのスペックについて

 買う方向で考えていきたい。早ければ1月中。おそくても2月に買う。

 まず、現在使っているノートパソコンのスペックについて。
 購入したのは就職したとき。会社で使うから自腹で買ったのだ。会社で使うものなのに、なんて健気なのだろう。そういう時代だったというか、自分の意識も甘かった。と思い出したらムカついてきた。上司も先輩もよくないな。新卒にそんなことさせるなんて。
 ともかくいつだろう。就職したのか何年だったか覚えていない。自分はこういうのに意識が低いのであかん。履歴書とか書くのにお便利サイト参照のうえ、改めて書き出してみる。
 見たのはこのサイト(http://www.cpn.ne.jp/how/nendo.html)。こういうサイト作っておくと、いろんな人が見てくれるのでこづかい稼ぎにうってつけだと思う。

 

 ○1982年 生まれる
 ○1995年 中学入学

 

 中学入学した95年は、エヴァの年(10月)だ。エヴァは96年3月までやっていた。ちゃんと見はじめたのは「19話 男の戦い」から。捕食シーンを見て、とにかくすごいものを見てしまったと……いう衝撃を受けたのを覚えている。あと、ミサトが「ちょっと何入れてんのよ」とカジに言うシーン。たしか食事中かその前かだったと思う、姉と一緒に観てて気まずくなった。
 1月には阪神大震災。私の記憶だと、阪神大震災をもとにちょっと不謹慎なネタをラジオに投稿した記憶があるから(暇すぎて尻を振って遊んでいたらトランス状態に。それによって神と交信できるようになったが、私の尻の振りが神に小馬鹿にしているように取られ神激怒。そのタイミングで震災が起きたので、私のせいかもしれませんすみませんというシュールなネタ)、中学1〜2年だった印象があるのだけど小学生の頃だったか。

 

 ○1998年 高校入学
 ○1999年 事故にあう
 ○2001年 高校卒業
 ○2002年 大学入学(1浪)
 ○2007年 大学卒業(1留)、就職

 

 事故にあったのは99年だったか。
 ノストラダムスの予言がはずれ、世間がふーっと胸をなで下ろして安堵しているときに、私の元にはしっかり恐怖の大魔王が訪れ、生死をさまよわせて精神的・肉体的にいろんな障害を残した挙げ句、以降の人生がくるわせていったというのを考えると感慨深い。

 事故後数日は意識がなく、奇跡に意識が戻ったが一ヶ月は錯乱状態。幼児退行していたらしく泣く喚くしかできなかった。それからなんとか退院できたものの、半年ぐらいは幻覚・幻聴にさいなまれ、大学卒業するくらいまでの以降5年間は人としてのバランス感覚が消失していた。行動と感情と記憶が上手くリンクしないというか、挨拶みたいに昔は自然にできたことが自然とできなくなった。
 ふと、母親が「なおが身代わりになってくれた」とか言っていたのを思い出す。失礼な人だけど悪気はないから仕方がない。昔はそんな悪気のなさが嫌で仕方なかったが、いまでは許せます。なお、母は05年の1月に亡くなった。癌。再発にて。最期の言葉は「どうせ私が死ねばいいと思ってるんでしょ」だった。出ない声を無理やりだして必死に怒鳴っていた。モルヒネで頭がおかしくなっていた末期。私は咄嗟に「違うよ!」と怒鳴り返した。
 私は当時どう接していいかわからず、あまり会わないようにしていた。バカな息子だと思う。いろいろ余裕がなかったのだ、言い訳にはできないけれど。
 葬儀では酔って大騒ぎした。大笑いしていた。親戚にも唖然とした目で見られたと思う。当時私は狂っていた。傍目から見える以上にその内面はめちゃくちゃだった。普段は普通の人に見られようとして努力していたが、酔ったときなどにその異常性を見せることがあった。もし母にもう一度会えるのなら、ちゃんと感謝を伝えたいし優しく接してあげたいと思う。それは不可能なことなのだが。

 

 さて、思い出迷子になって長々と脱線したがいよいよ戻ろう。
 ノートパソコンをいつ買ったか。
 卒業して一ヶ月ふらふらして、たしか5月に就職した。そこでパソコンを買ったので07年だと思う。搭載されているCPUがIntelCore 2 Duoなので、当時のリリースしたばかりの最新型だったみたいだ。たしか15〜16万円くらい出したじゃないかと思う。当時はお金に対する意識が低く、極端に言うとどうせ死ぬんだしばーか精神が心根を侵していて世の中舐めくさっていたので、こういう高額な買い物にも躊躇がなかった。おかげで今も現役なのだが、さすがにもう限界。OSの更新もできなくなり、つい先日からアマゾンプライムも見れなくなった(ジーザス!)。バッテリーはぷくぷくに盛り上がってる。そういえばこのバッテリー、発火の恐れがあるというメールが届いていたっけ。
 価格.comのスペック検索を元に、自分に必須だと思う情報を簡単にまとめてみる。

 

 ・液晶サイズ:12インチ(B5サイズ)
 ・CPU:Core2 Duo
 ・メモリ:4G

 

 サイズは現状維持でOKだととして、CPUはちょっと上げたい。ドスパラのCPUの性性能比較ページがを参考にしてみる。

www.dospara.co.jp

 Core i3というのがちょうど良さそうだ。メモリは現状でOK。あとはワードとエクセル使えれば問題なし。そんなスペックで新しいのを探したいなと。

 メーカーはこだわらないが、色はかっこいい白。長く使うことを考えたら、10年先もしっかりしてそうなメーカーが良い。そう考えると老舗がよいのかな。DELLとか? 安易に中華系メーカーにしちゃうと危険かしら。希望金額は6万以下。だが、安ければ安いほうがいい。
 とりま今日、店頭を見てこます〜。

日記

箱根駅伝を見て思ったこと

 箱根駅伝を見た。気づくと東洋大学の応援をしていた。
 1区の1年生があどけない感じなのに勝負強くて、2区は顔色変えず速いなあという印象にすぎなかったのに区間3位の高成績であれ?と思った。で、3区を見ている頃にはもうとりこになっていた。4区はすごかったな。1年生の彼、大物になりそうな気がした。
 ともかくなんかこう、淡々としているのにしっかり結果を出している感じが好きなんだと思う。勝負にがっつりこだわっている感じじゃないのに、奇策とかしない正統派なのに、ただ強いという感じが。
 その点、青山学院大学は原監督の変わった人柄もあって卑怯な感じがしてしまう。わーわー言うでしょあの人。躁病者のように、もしくは芸術家のように。とにかく突拍子もないことをべらべらと。まあ、あくまで印象論なんだけど、青山はなんか「奇策」って感じがしてしまう。
 
 あと東洋応援していて、以前好きになった子がその大学出身だったということを思い出した。
 その子はペアーズで出会った子で、どういう経緯か失念したけど、いろいろうまく行って新宿で会うことになったのだ。
 彼女はやきとり屋さんとかおじさんが好きなそうな居酒屋が好きと言っていて、会って歩きながらずっとしゃべっていたように思う。営業職なのかな、とても仕事ができるように感じた。気さくで美人で、ぼくなんかには手の届かない格上の女性なのだなと思った。
 でも実際にお酒を飲んで話してみると印象が変わった。いや、お話し上手で気遣いのできる方で、イメージ通りだったんだけど、ある瞬間から少し暗さを帯びたような内省的な部分を吐露しだしたのだ。
 仏文学者の誰それとか、柴田元幸のエッセイとか、大停電の夜にとか、そんな文系大学生みたいな話をしたせいというのもあってか、とてもパーソナルなナイーブな話をになったんだ。それでぼくは、一気に彼女に引き込まれてしまった。
 結局、ぼくの無精のせいで(そして元カノを引きずっていたせいで)疎遠になってしまったのだけど、あのとき思い切っていたら何かが変わったはずだろうなと思う。いまでもたまに連絡しようとしてしまう瞬間が来たりする。いや、もうこのことは考えるのはやめよう。
 
 東洋ついでに、また別の話。
 年末に坊主がカウンターに立つバーに行ったとき、漏れ聞こえてきた会話で東洋大は哲学が強いと聞いた。大正、駒沢は仏教学校で、それぞれ宗派が違うらしい。
 カウンターに立っていた僧は俗っぽいホストみたいな名前を名乗った。その隣に尼僧がいた。カウンターには3人の男。尼僧は生きるのが苦手そうな女。カウンターの男たちは皆賢そうだったが、孤独そうで人生がつまらなそうだった。
 なんとなく、ここにいる人達はあまり好きになれそうにないと感じた。値段がかなり高く、2人で行って5000円近く取られた。1杯しか飲んでいないのに。
 
 

ノートパソコンが欲しい

 突き詰めて考えてみると本当に必要かどうかは微妙な気もする。だったら、机とかのほうが必要じゃないか。寒いし石油ストーブあったほうがいい。
 でもさ、所有欲? というやつかもしれない。そんなんが芽生えた気がする。姉のPCを触ってて自分なりに気持ちいい感じにカスタマイズしていく作業がたまらなく楽しくて。下記記事がとても参考になった。
4万くらいで良さげなもの買ってしまいたいなと考え中。ところで価格コムってこういう記事書くんだね。どっかモノ雑誌から編集さん引き抜いたのかしら。
 
 
 

徒労

 徒(いたずら)に労するという意味なのか。
 まあよくこの徒労感を覚える、最近とみに。善意であろうと他人の考えを変えようとするのはなかなか大変で、こちらに100の合理性があろうとも、感情で反論されることが多く、ただもう疲れる。
 
 

豆乳雑煮

www.kikkoman.co.jp

 作ったった。
 姉に振る舞い感謝される。もちは飽きるので料理研究がさらに進むことを急がれる。雑煮にもっとバリエーションを。てか実家、もち買いすぎやねん。

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モテとは

 男が女性からモテるためにはサイコ野郎になる必要があるなと思った。
 女とは超自分本位で「自分=かわいい=最優先されるべき」的なメンタリティーを生来持っているもので、たぶんそれは生物学的に正しいと思うのですが、極限すると非合理的な気のふれた存在であって、それをコントロールするなり/されるなりするには、男子たるもの合理的判断をしていてはいけない、という結論に至った。
 かるがゆえに、サイコになる覚悟がないのであれば一人の女性だけに関わり、全面降伏して尻に敷かれるが吉である。

『メイドインアビス』は、ナウシカmeets萌えアニメ

※タイトルはちょっと煽り入ってます。普通の感想なのであしからず。ネタバレはありません。

 

メイドインアビス』を観た。アニメで。
観た理由は、アマゾンプライムで見られたから。それと、知り合いがツイッターで面白いとつぶやいていたから。その人が、グロいと言っていたのも気になってた。元よりキャラ絵がかわいいのは知っていたので、グロいというのは意外だなーと感じて。

で、実際見てみたわけだけど、思い出しただけで、ぎゃーと声を上げたくなるほど面白かった。アマゾンプライムのレビューもほとんど星5つの評価ばかり。でもそう評価したくなる気持ち、すごくわかります。
話は良いし、キャラは素敵だし、なにより何あの世界観! 狂っていて美しい。すごく大胆なたとえをすると「ナウシカ meets 萌えアニメ」という感じ。アビスの歪んだ美しさは腐海を連想させるし、異常な発達した独自生物は腐海に棲まう蟲たちを思い起こさせるなあと。
そして、例の第(ホニャ ※ネタバレ防止のため)話。すごすぎる。動画、思わず停止しちゃったもの。しばらく再生できなかったし。マドマギのマミさん的な、エヴァの使徒捕食シーン的な衝撃が。


とはいえ、この作品は別の意味でも物議を醸しそうだなとも。
気になったのは、ロリコン的なエロさがかなりある点。そして、とある登場人物を殺してしまう点。

前者については、まあ、子供を性的存在に描いてしまうのはいろいろ危険なわけで、それもちょっと度を越してるかなと思った。人によっては不快感を覚えてもおかしくなさそう。原作編集サイドはブレーキかけなかったのかな。竹書房さんだし、うーんまいっか(これは褒めてます)。

でも、この部分で逃してしまう層がかなりいそう。ロリコンに対する世間一般の拒絶というのはずいぶんと強烈なものがあるので、この部分があるために作品が一深夜アニメの枠を越えて評価を獲得する障壁になるかも。


続いて後者のほう。物語の中でとある登場人物を殺すことになるのだけど、これは見ようによっては、人間性を失った存在を殺すことを結果として支持してるようにも取られそう。
もっとわかりやすく言うと、障害者、被介護者、脳死者、植物人間、そういった存在の否定が自然と感じられた。もちろん積極的に支持しているようには描かれていないし、殺すには殺すなりの理由が説明されるんだけど、上記の存在に関わっている方がこのアニメを見てどう感じるだろう。いい気持ちはしないだろうなあと思いました。

原作がwebで読めたので、ちら読みしたのですが、まあずいぶんエロティックな感じなんだね。なんだろ、直接的な表現をするなら、抜きどころが意識されて描かれてるんじゃないかとさえ感じた。


上では、ロリ部分は排除したほうが良いかな的な意見をさりげなく匂わせてみたけれど、じつはこの作品の根幹の部分なのかもと思い直しました。
グロ、エロ、ロリ。その3要素がかなり重要なのかもね。なんか同人誌っぽい感じ。もしかしたら、同人誌的な文化にかなり造詣の深い方なのかも、原作のつくしあきひとさんは。


ともかく、こういう作品が世に出て評価されるのはほんと良いことだなあ、と思う。こういう作品というのは、なんかこう、心にわだかまりを残すようなもやつく感じ。出自不明な感じ。
シーズン2もあるようなので楽しみにしてます。

支えられたい願望

感情が動く。ぶれる。とある出来事がトリガーとなって、毎日そつなくこなしていたことさえ手につかなくなる。そういう瞬間がたまにある。


自分より若い人が活躍しているのを見ると怖くなる。
三十も半ばとなりもう慣れたと思ったのだが、フェンシングの太田雄貴さんの結婚報道を見て心がざわついた。若くて有能な人が突き抜けた活躍するのを見るが怖い。婚約相手の笹川友里アナは、彼を支えたいらしい。結婚を決めた理由を問われてそう答えていた。

支えたい。

そう言う女の子は多い。支えたい、そう思わせることが男がモテる秘訣なのかもしれない。

たとえイケメンであっても、たとえ金持ちであっても、支えたいと思わせる何がしか、を持ち合わせていなければモテないのではないか。

そんなこともないか。女の人にもいろんなタイプもいるし。

とはいえ、「支えたい」なんてけなげなこと言ってくれる優しい子に好かれたいなと思う。憧れる。そんな子に好かれたことあるかな。
と考えてみたら、あるか、あると言えばあるのか。あった気がする。

そのとき俺は26歳で、相手は10上だった。

銀座でホステスをしていたこともあって美人だったらしい。らしいと言うのは、俺から言わせたら、うーん、なんかピンと来てなかったから。ひどい話だが。
その人は、俺にいろいろ尽くしてくれた。

俺の健康のことを考え、無農薬とか有機野菜とかそんな素材で、ヘルシーで手の込んだ料理を作り、そして夜マッサージとかしてくれた。いい匂いのするオイルをつけて。
それで俺は、その人が好きでそうしてくれているものだと思っており、いっちょ前に人間の深層心理を見抜いているぞとでも思っていて、やらせてあげてるのだ、とかさえ考えていた。

アホである。

何か折、お会いする機会があれば、その旨全力で謝りたい。何かちょっと高い物でもプレゼントしたい。お金で解決したい。いや金があるわけじゃないんだけど、そうでもしないと申し訳なさすぎて。

ともかく話は戻るんだけど、俺は誰かに支えてもらえるほどのことしていないなと思う。
フェンシングの太田さんはすごい。逆境から結果を出した。まず選手として結果を出した。お金がないなか、自らで企業回りとかしたとか聞いた。その後、不人気なフェンシングを盛り上げるべく粉骨砕身働いた。後進を育てた。そして選手として引退した。あのとき彼は泣いていたように記憶している。それを見て、俺もうるっと来たような気がする。

俺は、何も頑張っていない。
まあ別に、太田さんと自分を比べて落ち込んでるわけじゃない。ふと、そういう感情が通り過ぎたのさ。無視することもできたけど、なんかざわついてそうできなかった。
笹川アナみたいな可愛い女性が支えてくれるなんていいなあ→支えられることしてるもんなー→俺してないわー→寝るわー。みたいな、そんな感じ。

『ラ・ラ・ランド』観た

元カノと観に行った。音楽が素敵だった。ダンスが良かった。エマ・ストーンが可愛かった。表情とか動きとかとにかく可愛い。好きなもの(監督にとってジャズ、ダンス、ミュージカルとか)を本気で扱ってる感じがいいなと思った。情熱を感じた。どうだい、かっこいいだろ? ってプレゼンされてる感じ。

あと色彩がキレイだった。日没、星空、空の青、そして黄色いドレス。澄んだ青に赤が混じって紫になる空。最近の私のブームというのもあるが、どうも青系の色合いに引き寄せられまくる。

終始ハッピーな映画だったと思う。あの結末はどうなん? って意見はあろうが、それを含めてもハッピーだった。そうそう、ハッピーなんだよ。なんかハッピーハッピー言ってるけど、まあハッピーでいいと思う。

恋ってハッピーだし、音楽ってハッピー。恋人と過ごす時間ってハッピーだし、ケンカするのだってハッピー。才能が評価されるのも、妥協を強いられるのも、大きく挫折するのも、それを糧に奮闘するのも、運の神様に助けられるのも、見放されるのも、そして愛する二人が決裂していくのも。そんな不幸さえ、なぜかハッピーな感じがした。

で、ふと考えた。

きっとこの監督は、一生懸命生きることを肯定的に描こうとしてるんだろうなあと。
生きているといろいろ上手くいかないことはあって、だからまあ、責められないさ。結局、どんな結果になろうと肯定することしかできない。それゆえハッピーさがあふれていたのかなあと。

映画の二人は、別々の道を歩むことになった。

映画終了後、その結末に納得がいっていないのであろう愚痴が聞こえた。切ない、報われない、アレはない、などなど。元カノにいたっては腹を立てていた。そう思う気持ちもわかる。わからんでもない。
でもさ。最後に、エマ・ストーンの見せた笑顔。あれで許してくれまいかと思う。なんか、全部報われた気になるんだよね。主人公のジャズマンの生き方を肯定してくれてる感じがして。

人間誰しも、誰かに認められたいと思ってる。その認められたい誰かというのは、潜在的には母親的な存在で、母親から無償の愛を受けてない子は歪んだりするらしい。ともかくさ、褒めてほしいわけさ。人がなんかいろいろ変なことしだすのは。

男というのはアッホい生き物なので、ちょっとすごいことをしたら褒めてもらいたくて、すごいじゃんとか、偉いとか言われたくて、むしろそれだけでいいのさ。とりわけ好きな女の子から認められたら、あとはなんにもいらない。

そんなわけで、ちょっと強引なんだけど、最後のアレでよかったやんけと思わされた。そんな気がして、観終わってすぐはしんみりしてしまった。まあ、でも本当は、二人で幸せになってほしかったけどね。結婚しても上手くいかなかったような気もしたけどさ。

ちなみに元カノは、結婚せーへんのかいという展開、別離の経緯をすっ飛ばした演出、この2点を非難していた。で、同じ良くない例として『シガテラ』を挙げた。

で、後日、古谷実ファンながら未読だったので、『シガテラ』を読んでみた。感想としては、概ね世間的な評判と一緒だと思う。元カノの意見にも同意しまくり。まあ面白かったけどあの終わり方はないよねって感じ。

しいて推論を展開するなら、『シガテラ』は、男が求める完璧な女性像として南雲さんという存在を描きたかったのだろうなあと。

荻野くんは隙だらけで、ださいとこ弱いとこを全部見せて、それで好いてもらおうなんて傲慢以外の何物でもないのだけれど、それでも南雲さんは受け入れてくれる、それどころかますます好いてくれる。まるで母のように無償の愛をくれる。いじめられていても、バカでも、エロいこと考えてても、いつだって味方でいてくれる。現実的にそんな人はいない、こともない。

ここで一つ問いたい。

恋とは何か?
私が知ってる答えは、そう、あれは魔法だ。魔法がかかっているうちはなんでもよく見える。荻野なんてクソへっぽこボーイでもイケメンに見えたりする。そういうもんだ。私が敬愛してる水野敬也も言ってた。水野氏(スピードスケートの清水選手系の顔)は、付き合ってた女性にトム・クルーズに似てると言われたらしい。
ともかく、それはいつまでも続かない。魔法は切れる。一説によると一年半とか。長くて七年とか。南雲さんがすべてを受け入れてくれるマザーとしていられたのも数年。物語の中では6年かな。
だから愛する二人は実利で結びかないといけない。そうでないと二人は長続きしない。お金、子供、そういうかすがいが必要になる。
そう思うとこわい。恋って危うい。

『ラ・ラ・ランド』と『シガテラ』は似ている。元カノの意見のように、別離の真相を明らかにしてない点でどっちも卑怯だ。『シガテラ』に至っては、なんの予兆さえ見せてくれなかったから、ただただ煮え切らん。そして両作とも、おそらく主題として恋の危うさを描いてる。でもその危うさを肯定してる。恋するのって素敵でしょって。
だから、別れの理由なんて些細なことだから触れなくもいいのかな、とも思う。

だって、どうせ下らないことなのさ。きっかけはどうであれ、魔法が解けたってことなんだから。

でも、これは男性的な見方だろうな。

明日死ぬとしたら何をすべきかを考えてみる

明日死ぬとしたら何をすべきかを考えてみる。

というのは、俺が明日死ぬから。
ではない。
知人が死んで、死について考えたから。でもない。まあ、知人は死んだんだけど。それで今日、灰になったはずなんだけど、そのことについてはあまり言えることはないなあって思ってる。またいずれ書くか。書くかも。

時間って大事なのに無為に過ごしてまうやんかと思ったので、死を考えてみた。よくあるけど、それだけ。

会社のFさんともっとお話したいなと思う。
Fさんというのはコットンのような女の子で、なにかこう、ふわふわしててかわいい。
アルパカとか羊とかそっち系? というと森ガールでしょ? と思われるかもしれないが、あー違う違う。
森ガールって、あくまでも私の偏見だが、ふわっとした外面に対して、その内面に毒を持っていて、腹黒く、自己顕示欲が強く、性欲も強く、ゆえにエロく、しかし平気で人を裏切り、同性の友達は少なく、たとえば女優の蒼井優さんとかそういうイメージだったりするんだが、あくまでも私の偏見なので、森ガール全般がそういうわけではないのであしからず。というかすでに森ガールって死語かな? あと蒼井優さんすみません。

話を戻して、Fさんはそういう子じゃない。
いつもアグ? というブランドだっけかな、そんな感じのあったかそうな靴を履いてて、しゃべり方がゆったりしてて、あと声がちょっと変で、笑い方も変。「ぐふふ」と笑う。それもかわいい。
よく営業のおばさんたちといつもきゃっきゃっ下らないことを話してて、仕事が終わらないことを愚痴ってる。とにかくかわいい。愚痴までかわいいとか天使かしら。かわいいかわいいしか言ってないけども、とにかくかわいい。
なお、私はFさんとこの2年でほぼ会話を交わしたことがない。その子は毎朝資料を配ってくれるので、その際に礼を言うだけ。消え入りそうな小声で「ありがとう」と言うだけなので、きっと聞こえてない。それもキョドりながら言うので最悪キモがられている可能性あり。おい、人見知りにもほどがあるぞわしゃ。自分に怒りたい。ぶちたい。
彼氏いるのだろうか、いや、いるだろうなあ。あんなかわいい子、いなきゃおかしい。

あとは死ぬ前にしたいことは、何か小説のようなものを書いておくべきだったかと思うかな。
あとは、元カノとやり直そうとするか。
いやあの元カノはあまり人を大事にしないからな。近くにいると損するだけかもと思う。とはいえ、気は合うし、一緒にいれば楽しいし、将来的にはこの人かもしれないと思うものの。
この件に関しては、考えだすとちょっとアレなので、とりま保留で。
なんか思いつくことがとてもこじんまりしていて情けないな。こりゃこいつは出世しないぞと思う。

もっかい整理しとこう。
死ぬ前にやりたいこと。
うーん。こういうのって、フレームを使って考えるとまとまりやすいんだよね。マッキンゼーかなんかの本で読んだで。そういうテク。
なので、3つに絞る。
と、思ったら、本気でめんどうになってきた。真面目に考えるのってキョーフー。こわーい。逃げたーい、アウェイ・フロム・リアリティー。

いや、待て。頭をクールダウンだ。
いつもの仕事モードの俺を2分だけ降臨させて、本気で考えよう。

うーん、やっぱ無理!
とりま彼女ほしー、仕事で成功したいー、小説書きたい、絵も描きたい、かっこいいスーツ着たい、アジア旅行したーい、新しいスマホ欲しい、グッとくる本読みたい、お酒飲みたい!