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ランログ

ランニングのためのログと日記。

アンダーカバージャパンとうどん

■ランニング

・距離:0km

・時間:―

・体重:53.7kg

仕事を抱え込んだため走らず。

 

■仕事の反省点

・校正遅く、時間通り進まない

・帰宅後のスケジュール感甘い

 

■仕事の評価点

・大きい仕事が振られる。期待に応えたい。会社から期待されていないと思っていたので本当にうれしかった。ふと、こういう喜びを分かち合える人が身近にいないと思った。

 

■日記

借りたDVD見る。「アンダーカバージャパン」。AVでありドキュメンタリー。2000年初頭(2004年?)、年末から年明けまでの「東京」を切り取った映像。他に「北海道」と「沖縄」が出てくるが、その二つの地域は重要でない。時代の変化は東京でしか見えない。

10年前くらいの東京がこんなにもダサいのかと笑った。服の着方、音楽、街を行く人、言葉遣い、その全てがダサい。あと不潔にも感じた。これは東京の映像を撮ったカンパニー松尾のセンスなのかもしれない。不潔とかダサいとかに安心感を覚えるのかしら。たぶんそうだろう。だからこの人の撮るAVは、いつも貧乏臭く汚い。人によっては抜けない。私は抜けないタイプ。女の子の責め方も嫌い。それは置いておいて、今作でとくに面白かったのはテレクラの会話。カンパニー氏はテレクラの電話をさせたら天下一品だと思った。

また、満たされない乾きを感じた。セックスをしていても幸せそうじゃないのが寂しい。不幸な女の子というのはそれだけで切なくなる。それは可愛かろうがブスであろうが関係なくて。

女の子は本質的に幸せを希求する存在だと思う。男は幸せを求めずとも生きていける。女の子はそうはいかない。結果として不幸へ続く道を歩んでいたとしても、彼女たちは幸せを求めながら歩を進めている。その先に楽園があると思って、地獄門の戸を叩く。

幸せになりたいという女の子たちの小さな願いはこの社会において様々事情で報われない。たとえば、その女の子がバカであるために不幸にはまってしまう。または不器量であるために、もしくは不運であるために。そういうことが、本作ではアンダーカバー、つまり白日のもとにさらされる。

カンパニー氏はそこが東京らしいと捉えているんだろうと思う。美しいと思っているのかもしれない。いや、安心感を抱いているのかもしれない。で、ぼくはそれが見ていられず、どうせなら無邪気な幸せな子を撮ってくれないかと思ってしまう。

通常、AVはそんなふうに作ってくれる。でも本当はそうじゃない。AVに出る子なんぞ不幸にきまっている。通常の神経をしていたらAV出演の選択肢は取らない。そこにはなんらかの歪みがある。その歪みを消し、男を欲情させるためだけに精製・結晶化させ、映像へと昇華させたのがAVであって、ぼくら男子はそれを消費してる。女の子のバックグラウンドなど考えずに。

それが、カンパニー氏には物足りないのかもしれない。だから、こういう男が見たくもない、エロスの影に潜む負の要素を寄せ集めたような作品を作ってしまうのかもしれない。

上記のような内容の感想メールをDVDを借りた子に送った。そこに惑わすような文言を添えて。こういうことをするから信用を失うのかもしれない。その子は「言葉ではなく、行動を見なさい」とかいう相談おばさんことジェーン・スーの言葉を引用して、私を揶揄してきたことがある。まあ、いいや。

話は変わって、用賀グルメ会を開いた。参加メンバーは用賀に住まう私、ウェブ部青年、四十代オジサン。ともに同僚。

ウェブ部の童貞青年の仕事への悩みが主な議題となった。ようは給料が低いとのこと。それへのアドバイスは、自ら会社へその不満を伝えるべきだった。だってそれしかないもの。同席した四十代のおじさんもそう言ってた。

ところが、悩み深き青年は、口ではそうですねはいはいとか言うもの、結局、会社の評価を気にしないことにするのだの、サラリーマンではなく創作の道に進むだの、ファンタジックなことばかり抜かしていて、のれんに腕押し、ぬかに釘とはこのことだな、ああタイムイズマネー時間を返しておくれと思った。うどんはうまかった。「葵」というお店。お酒のつまみがおいしかった。

とはいえ、これでよかったのかもしれない。悩みの相談なんてものは、往々にして、その解決策なんてどうでもよくて、そういう場が開かれたということが重要だったりするのだから。