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ランログ

ランニングのためのログと日記。

死んだ元上司を偲ぶ会で感じたこと

ランニング

  • 10.00km
  • 51分
  • 53kg
理想的なペース。しかし、相変わらず両足の裏に痛み。心配。ランニングサークルには早ければ、来週から参加する予定。忘年会まであるらしい。すでに50人程度が参加表明。すごい。
 

仕事の反省点

  • 宿題手付かず。疲労してたから? お酒飲んだのもいけなかった。
 

日記

一昨年、私の上司が死んだ。
私より干支一回り上で、かっこいい上司だった。顔が。
オシャレだった。お酒と食事が好きだった。やたらモテたという話は本人から何度も聞かされた。それ以上に、いろんな人から聞かされた。
一晩で五人を相手にした、なんて嘘みたいな武勇伝がまことしやか語られていた。そしてそれは事実らしい。
 
他人のわがままに寛容で、悪く言えば鈍感、そういう隙の多い人だったから、メンタルの弱い女性からとくにモテたらしい。そういえば、彼の葬儀には、線の細い危うげな美人が多く来ていたように思う。
 
葬儀には300人近く来た。
老若男女問わず誰からも好かれる人だった。父親は日本を代表する自動車会社の取締役で、いわば彼はボンボン。そういう育ちの良さも性格に影響してたのだと思う。
ひねくれたところがあったものの、根底に毒気がなく、どんなに毒づいても品の良さと可愛らしさがあった。
 
ガンに侵され頬がこけて病人然としていたときも、スタバの店員からバレンタインデーのチョコと手紙をもらっていた。義理チョコだろうけど、うれしそうに自慢してきたのを覚えている。
たしか、それを奥さんに自慢して揉めたというエピソードも聞いた。
 
先日、彼を偲ぶ会があった。
参加者は30〜40人程度。彼の後輩が中心となって開催した。もう2年も経つから、過度にセンチメンタルになることもない。彼の映像が流れても、以前のように見入るような人はいなかったように思う。
 
いや、1人だけいたか。
映像を食いるように見つめていた人が。熱心に、祈るように、詫びるように。そして償うように。
そうしていたのは、死んだ上司のさらに上司。去年は来ていなかったから、初めて見る映像だったのだと思う。
 
彼は、業界で知らない者はいない、というほどではないか。それでも「天才」と呼ばれ、実際に天才に相応しい活躍をした。死んだ上司も私も、もっと言えば、この偲ぶ会に集った全ての人がお世話になっている。
 
直情的で粗暴。よく怒鳴り、昔は暴力をふるうこともあったという。私はかろうじて殴られたことはない。
ともかく、そういう性格だから外注受けはすこぶる悪く、仕事をくれるから付き合っているものの、好んで交際するような人はいなかったと思う。
 
彼は、今年秋、クビになった。

売上が落ちていたのは知ってる。
とはいえ、まだ細々と生きていくことくらいはできたはず。おそらく、またけんかでもしたのだろう。
いつものように大口を叩き、社長、取締役を罵倒し、他の引き取り手を探してはみたものの、さすがに今回ばかりは見つからなかった。
そして――
いまは知人の雑居ビルの一室に間借りして、企画書を持って営業回りしているらしい。

彼と少しだけ話した。

いま何しているか。元気でやってるかとか。

俺はまあまあ元気だと言っていた。ようやく企画が通ったとも言っていた。
が、おそらく強がりだと思う。このご時世、彼の作る企画が通るわけがない。それは、その下で働いていたからわかる。感性が古いのだ。絶望的に。
 
私は、前の会社を辞める最後の数ヶ月、彼と二人のチームに配属になった。
いま思えば、この配属は彼を追い込むための会社の戦略だったように思う。ちなみに、その直前に彼の給与は半分にされていた。
 
当初は、部署の全ての仕事は私がやり、彼はただ座っているだけだった。
が、少し数字が落ちてくると、お前には任せられないと面罵され、すべての権限を奪われた。
彼が指示を出し、私がサポートに回るようになった。それからは、数字が良いときもあれば悪いときもあった。それは私が一人でやっていたときと変わらない。
しかし、徐々に数字の落ちが目立ちはじめ、そうなると何の考えもないただの思いつきを実行するようになった。
 
すぐに私は転職すると彼に伝えた。そのときすでにほぼ内定をもらっていたから。

彼は私の給与を倍にすると言った。俺の給与は半分でいいからとも。
その頃知ったのだが、彼は私の4倍の給与をもらっていたらしい。
は? 口出すだけで? 足引っ張てるくせに? 途端にバカらしくなった。その申し出を断り、私は辞めた。はじめから辞めるつもりだった。
 
今回会ったのは、それ以来の2年ぶり。少しやつれたなと思った。
基本的には変わってなかった。少し弱気になったくらい。娘さんは中学生になったらしい。お父さんの相手なんかしてくれないとぼやいていた。
それ以上に、その年で失業したわけだから、娘とどう接しているのか気になった。娘だって、その年であれば失業するということがどういうことなのかくらいはわかるだろうに。
 
私の転職先について勉強したのか、調子が良さそうだと言った。実際に調子はいい。でも油断ならないと伝えた。社内競争は厳しく、すでにレッドオーシャン化した市場で、これまでみたいにぬるい戦い方では生きていけない。大手まで参入してきてる。
彼はどこも大変だなと言って、もう仕事を辞めたいとつぶやいた。
冗談のようにも聞こえたし、まったく冗談にも聞こえなかった。
 
帰り。
窓ガラス越しに照れくさそうに手を振る彼を見送った。私はやや大げさに頭を下げた。
ふと、彼と会うのはこれが最後になるかもなと思った。
年内はまだ前の会社から給料が出ているらしい。しかしそれまでだ。この先、彼がこの業界で生きていけるとは思えない。
 
クビになってから、彼が下請けで使っていたプロダクションに仕事をもらいに行ったところ、これまでの仕返しをされたらしい。
頭を下げさせられ、屈辱的な言葉をぶつけられた。そこは彼が一時期干したこともある会社で、彼に対し並々ならぬ恨みをいだいていた。
彼にはそういう敵がごまんといる。とくに立場の弱かった外注先から蛇蝎のごとく嫌われている。
 
偲ぶ会にいた他の人たちもそれぞれ大変そうだった。
かろうじて会社にしがみついている者が多かったが、そうではないとここにさえ来れないのだと思う。
40歳手前で介護職になった人もいた。その人の身なりは、その場で一番小奇麗だった。プライドなのかもしれないなと思った。
あとは同人活動のようなことでなんとか食いついないでいる者もいた。オタク相手の商売はボロいなんて楽しそうに話していたが、実際は大変なのだと思う。それで生活しなきゃいけないのだから。
 
デザイナーの友人と一緒に帰った。
メンヘラの子を紹介するよと言われた。今度、彼の奥さんと2対2対でご飯を食べようと言って別れた。
渋谷でかぼちゃクリームの大判焼きを衝動買いして食べたが、すでに満腹だったので、おいしいと感じなかった。普段はこういう買い物はいっさいしない。
何か満たされない感じがして、甘いものが食べたかった。無理やり食べたら胸焼けがした。翌日まで治らなかった。