ランログ

ランニングのためのログと日記。

インターステラーの感想

インターステラー。和訳すると星間移動だったかな。ちゃんと調べてないから違うかも。そのロマンチックな言葉の響きとはうらはらに、怖くて、残酷で、苦しくて、宇宙を題材にしているということもあるけど、息がつまる映画だった。

具体的な感想の前に少し脱線。

私には、好きなフィクションの設定がいくつかあって、たとえばそれは下記。

(1)「もののけ姫」のえぼしのような、決断を恐れない人物が出てくる。そして、サンデル教授の問う答えのない正義の命題のようなものに淡々と立ち向かう。残酷な結末をいとわずに。
(2)同じく「もののけ姫」のじこぼうのような、頭の回る小悪党が出てくる。ちなみに宮崎駿は、この(1)と(2)の人物を描くのが非常に巧みだと思う。
(3)少女と不器用な中年の交流が描かれる。
(4)悪夢が描かれる。

他にもあるけれど、ひとまずこれくらい。
どれも私自身の人生のステップだったり、壁だったりしたものに関連していて、めんどくさい人間なりの偏りがよく現れた趣向だと思う。

たとえば(3)なんてその典型で、孤独な男は無垢な少女に心を開く傾向があるのさ。
もっと気持ち悪い言い方をすると、その少女に母性を見出す。もっと言えば母の代わりに甘えたいと願う。
それでも自分と知識レベルが合わない女なんて嫌悪しているから、やたら精神年齢の高いいびつな少女を夢想する。映画「レオン」におけるマチルダとか、ラノベ化物語」における八九寺とか、類例を挙げればいくらでもあるんじゃないかしら。浅学ゆえにぱっと出ないけど。
本来は本来は恋人に向かうべき母性を求める本性、そして本来は娘に向かうべき自身の父性、行き場をなくした二つの本能が(3)のような光景に刺激されて胸がきゅんきゅんして我ながら気持ち悪い。でも、それに涙さえしてしまう。

で、「インターステラー」って何がよかったのかという問いに、自分なりの答えを言うなら、二つある。
一つはこの(3)が描かれていたこと。父と娘ではあったのだけれど、賢そうな娘が父に向ける眼差しに、私の乾いた上記の本能が慰撫されたように思う。
そしてもう一つのほう。それは悪夢が描かれ、リアルだったこと。
五次元空間に取り残されたシーン。息苦しくて、体が不自由で、出口がない。叫べども声は届かない。絶望的なあの空間。それが不思議と心地よかった。

私は高校時代、死にそうになったことがある。一月ほど生死の狭間をさまよった。そのとき、私は繰り返し夢を見ていた。なお、その後も意識は混濁し、半年くらいはろくに口も聞けなかった。
当日見ていた夢がまさにあんな感じだった。五次元空間のようだった。
苦痛でしかなかったが、今こうして生還して、十数年を経てみると、あのときの悪夢的空間に郷愁を感じてしまう。

■メモ
・長財布を使うようになったが、中に入れておくと札がピンとなるので良い。
・オデッセイを観たのだよ。こっちもよかったよ。SF萌え属性持ってないので、そこまでピンと来たというわけではなかったけれど。