法事で帰省した。

祖母の十三回忌があって、13年ぶりに本家の人たちと会った。これまで本家とはあまり交流がなかった。

理由はよくわからない。

そういうもんだと思っていたし、比較となる親戚付き合いの例をよく知らないから、良いのか悪いのか判断できない。
とはいえ、なんとなく苦手意識はあって、本家に行く用事があってもできれば行きたくないなと思っていた。それはどういうわけか大人になったあたりからあって、気づけば13年も疎遠に。その前に法事はあったはずなのだが、行ったかどうかよく覚えていない。

 

亡き母は本家を嫌っていた。
田舎者として軽蔑しており、時折嫌がらせを受けているみたいなことを言っていた。けれど、嫌がらせというのは事実ではないと思う。そう文句をつけなければ心のバランスが取れなかったのだろう。


母は嫁いできた田舎の環境に馴染もうとせず、当然の結果として孤立した。

そして万事につけて不充足を抱え、いつも怒鳴り、いつも泣いていた。激しく泣くこともあれば、ヒステリックに喚き立てることもあった。

小学生くらいのときだろうか。友人が私の家に遊びに来たときに、何のきっかけか忘れたが、突然母が喚き散らしたことがあった。

そのとき友人は私に向かって「なおくん(私の名前)のお母さんって弁護士だったっけ?」と言った。その瞬間を鮮明にを覚えている。弁護士=喚くというイメージの違和感と、自分の母の嫌な一面を友人に見られてしまったというのが、心に傷のようなものを残したのかもしれない。
そうそう、小さい頃の私は、母をかばうくせがあった。母は料理のセンスが皆無で、汚い弁当しか作れなかったのだけれど、母が料理下手と思われるのが嫌で、私はいつも自分で作ったと言っていた。


母について書くつもりはなかったのだが、はからずも長々書いてしまった。母についてはいずれちゃんと書くのでここまで。

 

ともかく久しぶりに会った本家の人たちは皆気さくで、人懐っこくて、きめ細かい気遣いまでしてくれる、本当にいい人たちだった。
苦手に思って、表層的にしか付き合おうとしてこなかった自分を恥じた。ちゃんと交流しておけば良かったなと。


今度ピザ窯を作ると言っていた。お盆には皆でバーベキューをするらしい。俺が行くと言うと、本当に嬉しそうにして喜んでくれた。田舎の人が陰湿だなんて言ったの誰ですか。ぜんぜんいい人たちばかりじゃないですか。なんなんだ、俺、泣きそうです。

本家には長男の娘の三姉妹がいて、もう四十を超えている方々なのだけど、その三女と話した。三女は昔から美人だったように思うけれど、やっぱりきれいだった。
東京でいろんな町を転々と引っ越したりしてる話をしたら、本当に羨ましそうにしていた。23で結婚してずっと田舎を出ずにいたんだと思う。俺のことを昔と同じように名前で呼び捨て、俺の父を○○兄ちゃんと呼ぶ。その感じになんかきゅんとした。

お酒の勢いで、お盆のバーベキューに参加すると言ってしまったが、果たして本当に参加して良いのかな。ふと冷静になる。